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水戸地方裁判所 昭和55年(ワ)338号 判決 1983年9月30日

原告 海老沢組こと 海老沢八十男

右訴訟代理人弁護士 人見孔哉

被告 有限会社 鴨志田設備

右代表者代表取締役 鴨志田昭

右訴訟代理人弁護士 菅谷英夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨(原告)

1  被告は原告に対し、金三八九万円及びこれに対する昭和五五年八月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告)

主文同旨。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  訴外株式会社富山工務店(以下「富山工務店」という。)は昭和五四年九月二五日茨城県東茨城郡大洗町より、右大洗町役場前排水工事に伴う水道配水本管布設替工事(以下「本件工事」という。)を代金(以下「本件工事代金」という。)四七五万円で請負い、被告は、その工事完成保証人となった。

2  原告は海老沢組と称して工事請負業を営んでいるものであるところ、昭和五四年一〇月二〇日、富山工務店より代金(以下「本件下請代金」という。)三八九万円(但し、当初は四三〇万円であったがその後減額されたものである。)にて本件工事を下請け、昭和五五年二月にこれを完成して引渡した。

3  しかるところ、富山工務店は昭和五五年二月四日不渡手形を出して倒産し、代表取締役である富山祐二は家族ともども同日より行方不明となった。

ところが、その後、工事発注者である大洗町は同年三月二九日、被告に対し、本件工事代金中四〇九万三、一八一円を支払った。

4  ところで、大洗町と富山工務店及び被告との間で締結された建設工事請負契約一四条に引用されているところの大洗町建設工事契約約款には、その三一条に、発注者は、請負人がその債務を履行しない場合には、工事完成保証人に対し工事の完成を請求することができ、右請求があったときは工事完成保証人は、請負人の権利義務を承継する旨定められている。そして、被告は、本件工事完成保証人として、発注者である大洗町からの右請求により、富山工務店の権利義務を承継したものであり、右にいう義務の中には、当然に、富山工務店が原告に対し負っているところの本件工事代金の支払義務も含まれているものである。

仮に、工事完成保証人の負う義務の中に、下請人に対する代金支払義務が当然に含まれるものではないとしても、建設業法二四条の三第一項が、すべての元請人に対し、元請人が出来高払いまたは工事完成後支払いを受けた場合には、下請人に対し請負代金を早期に支払うべきことを義務づけており、工事完成保証人が発注者との関係で元請人の権利義務を承継するものとされていることからすれば、右工事完成保証人が発注者より工事代金の支払いを受けた場合であっても、右発注者に対する義務の反射として下請人に対し下請代金を支払うべき義務を負うものである。

5  仮に、被告が原告に対し、工事完成保証人として本件下請代金の支払義務を負うものではないとしても、被告が工事完成保証人として大洗町から支払いを受けた本件工事代金のうち、原告が富山工務店より受領すべき三八九万円については、富山工務店の下請けとして現実に工事に携わった原告に帰属すべきことが明らかな金員であるから、原告に対する関係において不当利得となると解すべきであり、かつ、被告は、大洗町より本件工事代金として四〇九万余円を受領した当時、右のうち三八九万円が原告に帰属すべき金員であることを知っていたはずである。したがって、被告は、民法七〇四条の悪意の受益者としてその全額である三八九万円を原告に対し返還すべき義務を負っている。

なお、被告が悪意の受益者である以上、その後本件工事代金のうちの何がしかが被告から富山工務店の従業員であった訴外山崎保(この者には何らの受領権限がなかった。富山工務店代表取締役富山祐二作成名義の右訴外人に対する代理受領権限授与の委任状は右富山祐二の意思に基づくものかは非常に疑わしい。)に支払れているとしても、これによって被告が原告に対して返還義務を負う金員の額に変動をもたらすものではない。

6  よって原告は被告に対し、第一次的には、請負契約上の権利に基づき、第二次的には民法七〇四条の不当利得返還請求権に基づき、金三八九万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五五年八月八日から右支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1は認める。

2  同2は不知。

3  同3は認める。

4  同4のうち、大洗町と富山工務店及び被告との間で締結された建設工事請負契約一四条に引用されているところの大洗町建設工事契約約款三一条に原告主張の内容の定めがなされていること及び建設業法二四条の三第一項が原告主張のとおりの内容を定めていることは認めるがその余は争う。

工事完成保証人は元請人の保証人として、発注者に対する関係でその責任が顕在化するとき、その権利義務を承継するのであり、元請人の下請人に対する権利義務まで承継するものではない。けだし、工事完成保証契約には下請人は当事者として入っていないし、下請人に対する権利義務もその契約内容となっていないからである。また私法上の権利義務はあくまで個別的相対的な権利関係であるから、発注者に対する義務の反射として下請人に対する関係においてまで義務を認めるべきではなく、建設業法二四条の三第一項も、工事完成保証人に下請人に対する義務を課したものとは解せられない。

5  同5のうち、被告が大洗町から本件工事代金として四〇九万余円を受領した当時、三八九万円については原告に帰属すべき金員であることを知っていたはずであるとの点は否認し、その余は争う。

なお、工事完成保証人は、発注者に対する関係で工事完成義務を遂行したときは、その報酬請求権をも承継し、報酬である請負代金については、元請人と工事完成保証人との間で、工事に寄与した割合により清算することになるのであって、この段階においても、工事完成保証人と下請人との間には直接の法律関係が存在するものではない。すなわち、工事完成保証人は発注者から受領した請負代金のうち、工事完成保証人が完成させた割合に対応する報酬を控除した残余を元請人に支払えばよいことになるのである。そこで、被告は、発注者である大洗町から受領した請負代金四〇九万三、一八一円のうち、本件工事後、工事完成保証人として負うこととなる補修費用の名目で二〇万円を被告が預り、残余の三八九万八、一八一円を、昭和五五年三月三一日に、前記富山祐二及び本件工事の現場責任者である富山工務店の従業員山崎保に支払ったものである。さらに、右二〇万円についても、被告は実際に補修工事を行なったことによってすべて費消した。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、原告は海老沢組と称して工事請負業を営んでいるものであること、原告は昭和五四年一〇月二〇日、富山工務店より本件工事を代金四三〇万円で一括下請し、翌昭和五五年二月七日までに一部(工事費に換算して約四〇万円相当分)を残して、ほぼ本件工事を完成したこと、富山工務店は原告に対し、本件下請工事代金の一部支払のために手形三通(額面合計三〇〇万円)を振出したが右はいずれも不渡りとなったこと、残余の工事については、大洗町からの工事完成請求により被告(工事完成保証人)がこれを行ない、大洗町に引き渡したこと、以上の事実が認められ、右事実を覆すに足りる証拠はない。

三  請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

四  同4のうち、大洗町と富山工務店及び被告との間で締結された建設工事請負契約一四条に引用されているところの大洗町建設工事契約約款(甲第一五号証)三一条に、発注者は請負人がその債務を履行しない場合には工事完成保証人に対し工事の完成を請求することができ、右請求があったときは工事完成保証人は請負人の権利義務を承継する旨定められていること、建設業法二四条の三第一項がすべての元請人に対し、元請人が出来高払いまたは工事完成後支払いを受けた場合には、下請人に対し請負代金を早期に支払うべきことを義務づけていることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、大洗町は昭和五五年二月九日付で富山工務店に対し本件工事請負契約の解除通知をなすとともに、被告(工事完成保証人)に対し、本件工事を引き継ぎ、完成させるべき旨の工事完成請求の通知をなしていることが認められる。したがって、被告は、右約款の定めに従い、大洗町(発注者)に対し富山工務店の権利義務を承継しているものである。

そこで、工事完成保証人である被告が、富山工務店の下請人である原告に対し、本件下請代金の支払義務を負っているか否かについて判断するに、《証拠省略》によれば、大洗町と富山工務店及び被告との間で締結された本件工事請負契約中には工事完成保証人である被告の権利義務については何らの定めもなく、同契約中に引用されているところの大洗町建設工事執行規則、同契約約款、同財務規則についても、右契約約款中に、前記認定の発注者と工事完成保証人との間の権利義務関係についての定めがあるのみであって、工事完成保証人と下請人との間の権利義務関係については何らの定めもないこと、他方、本件工事下請契約は、富山工務店と原告との間でのみ締結されたものであって被告はこれに何らの関与もしておらず、当然のことながら右下請契約中においては、元請人の工事完成保証人に対する、下請人の権利義務について何らの定めもないこと、以上の事実が認められ、右事実によれば、工事完成保証人である被告が富山工務店から承継したところの権利義務は、あくまでも発注者たる大洗町に対する権利義務であって、下請人たる原告に対する権利義務がこの中に含まれる余地はないものといわなければならない。

なお、原告は、建設業法二四条の三第二項の規定をもって、工事完成保証人が下請人に対する下請代金支払義務を負っていることの根拠となしているもののごとくであるが、右は、単に、下請契約関係が存在することを前提としてその下請代金を早期に支払うべき旨を定めているにすぎないのであって、右規定をもって、下請契約関係の存在しない原告・被告間において、被告に下請代金の支払義務ありとすることの根拠とは到底なしがたいといわなければならない。

五  すすんで不当利得返還請求権の成否について判断するに、前判示のとおり、大洗町建設工事契約約款三一条に、工事完成保証人は、発注者の請求があったときは、請負人の権利義務を承継する旨定められているところ、右権利義務の中には、請負人の発注者に対する請負代金請求権も当然に含まれているものと解される。したがって、被告は、大洗町に対し、本件工事代金を請求する権限を有するものである。もっとも、前掲甲第一五号証によれば、大洗町建設工事請負契約約款三〇条二項には、発注者が請負人等の責に帰すべき事由等により請負契約を解除した場合において、工事の出来高部分に対する請負代金相当額を当該請負人に支払わなければならない旨定めている事実が認められるが、これによって、工事完成保証人が発注者から請負工事代金の全額を受領しうる権限を否定されるものではなく、工事完成保証人が発注者から請負工事代金全額を受領したときは、以後請負人と工事完成保証人の間で約旨に従って内部で解決すべきことになるものと解される。

しかして、《証拠省略》によれば、被告は、大洗町から本件工事代金として四〇九万余円を受領した二日後の同年三月三一日に、富山工務店の従業員である訴外山崎保に対し、富山工務店の出来高部分に相当する代金三八九万八、一八一円を支払ったこと、右山崎は、富山工務店倒産後も、その代表者代表取締役である富山祐二と電話で連絡を取っており、同人から富山工務店の従業員に対する三月分の給料分として、本件工事代金を受領すべき権限を得ていたこと、そこで山崎は、同人が富山工務店の代理人であって右受領の代理権限を有する旨を明記した、富山工務店代表取締役富山祐二の記名押印(社判)のある委任状を被告に交付し、かつ異議が出た場合には右山崎が責任をもって解決する旨の念書をも差入れて、被告より前記代金三八九万余円を受領したこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかるところ、前判示のように、被告が大洗町から本件工事代金を受領するについては、その権限を有していたこと、及び原告は被告に対し、直接に本件下請代金を請求しうる権利を有していないことからすれば、被告が法律上の原因を欠く利得を得たものといいうるか否か、またそれにより原告に損失を与えたものと解しうるか否か疑問であるばかりでなく、右認定事実によれば、被告は大洗町から受領した本件工事代金四〇九万余円のうち、富山工務店が(その下請人たる原告によって)完成した分の代金に相当する金額については、既に富山工務店の代理人である山崎保に適法に支払っているから、結局、被告は、自己の完成させた工事に対する対価を得たにとどまったというべきであり、この点においても、法律上の原因のない利得を被告が得たものということはできない。

なお原告は、大洗町から本件工事代金が支払われる際、被告において、右代金中に原告に帰属すべき本件下請代金が含まれていることを知っていた旨主張するが、前判示のように、被告が本件工事代金を受領したのは、工事完成保証人として契約上の権限に基づくものであるから、原告の右主張が不当利得の成否自体に何らかの影響を及ぼすものとは解せられないのみならず、《証拠省略》によれば、被告は、大洗町から本件工事代金を受領する際はもちろん、その後右山崎に三八九万余円を支払う際にも、本件工事が下請けに出されていたこと自体を知らなかったものであり、山崎に支払った二日位後になって原告から電話を受けて初めて、原告が本件工事を下請けしていた事実を知ったことが認められるのである。

以上によると、原告の被告に対する不当利得返還請求権についても理由がないことに帰するといわなければならない。

六  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 龍前三郎 裁判官 大橋寛明 大澤廣)

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